自立援助ホームとは

 

児童福祉法第6条の3、同法第33条の6において、児童自立生活援助事業として 第二種社会福祉事業に位置づけられ、義務教育終了後、他の社会的養護(児童養護施設、 里親、児童自立支援施設など)の措置を解除された青少年及び都道府県知事が認めた 青少年に自立のための援助及び生活指導を行います。

原則として15歳~20(大学等に就学中の場合には、22歳に達する日の属する年度の末日まで)までの 青少年たちが暮らすところです。 

自立援助ホームに入所している青少年たち

虐待や貧困、非行などの問題で家庭に居場所がなくなった青少年たちが入居してきます。自立援助ホーム設立当初は、児 童養護施設の退所者の支援が主だったのですが、近年では図1のように家庭から直接入居する青少年の割合の方が高くなっ ています。家庭に問題がありながらも思春期年齢になるまで問題の発見が遅れ、公的な支援の介入が遅れてしまうケースも あります。支援が遅れたことでより自立が困難になってし まうことは言うまでもありません。

また、入居の理由は、親による放任・虐待が一番高い割 合となっています。加えて、他の理由も家庭の問題に起因 することが多いことも図2よりわかります。家庭の問題か ら、学習環境が保障されてこなかったことも特徴の一つで す。このことは、自立援助ホームにくる青少年たちが、 ホームに来るまでいかに過酷な生活を送ってきたのかを物 語っています。

自立援助ホームの成り立ち実施主体

 自立援助ホームの成り立ちは、第二次世界大戦後の昭和30年代に遡ることができます。戦災孤児の中学卒業後の自立支援 対策として神奈川県が「霞台青年寮」を設立したのが始まりです。その後、養護施設出身者のアフターケアを目的に、新宿 寮(青少年福祉センター)が青少年アフターケアセンターとして設立されました。義務教育終了後に支援の薄い青少年たち に社会的な支援が必要と感じた関係者の善意の活動により、少しずつホームを増やしていきました。昭和49年に東京都で養 護施設等の退所者支援としてアフターケア事業と認め、アフターケア補助金の交付が始まり、昭和59年の東京都自立援助 ホーム制度実施要綱の中に「自立援助ホーム」と命名されました。平成10年に児童福祉法第二種社会福祉事業として位置づ けられ、平成21年には、対象年齢が20歳まで引き上げられるとともに、児童保護措置費制度に組み込まれ、より公的な支 援をうけるようになりました。  事業の実施主体は都道府県・政令指定都市となり、経営主体は、社会福祉法人やNPO法人等となっています。

自立援助ホームが大切にしている3つのこと

あたり前の生活  自立援助ホームは、虐待、貧困など大変厳しく過酷な養育環境をくぐ り抜けてきている青少年たちに、安心・安全な生活環境を保障します。 スタッフと生活を共にしながら、食・住に始まり、「ごめん」「ありがと う」「お願い」というあたり前の言葉がけを大切にします。また、彼ら ひとり一人の話に丁寧に耳を傾け、自分の存在が受け止められている ことを実感できるように配慮し、自分を大切に思うことのきっかけを 作っています。


主体性の保障  大変厳しく過酷な生活を送ってきた青少年たちは、自分で選び、自分で決めるという自立の出発点となる経験を保障され ず、また失敗経験から学ぶという基本的な権利も保障されてきませんでした。入居時にまず、入居の意思を確認し、ホーム と入居の契約を交わします。このことは、不安や葛藤を抱えて入居してくる青少年がほとんどとはいえ、自分で選び、考え ることの第一歩となります。その後もいろいろな場面で失敗することもありますが、「あたり前の生活」の中から、存在を 受け止めてもらっているという感覚をエネルギーにし、自分で考えて行動し、その結果を受け入れるという経験を積み重ね ていきます。


退居者支援  青少年たちは、「あたり前の生活」や「主体性の保障」の中で自分の存在を大切に思ったり、失敗経験から自分で考え、 結果を受け入れる経験を重ねるとホームから離れて生活するという次のステップに進みます。その際も「彼らから関係を断 ち切らない限り、ホームからは絶対に関係を断ち切らない」というメッセージを発信します。このことは、社会的な支援の 希薄な彼らに、「困ったときはいつでも相談に来て良い」ということ=彼らの「心の安全基地」となる覚悟と「適度に人に 頼る」ことが社会生活には不可欠であると自立援助ホームが考えていることを意味しています。また、転職、恋愛、結婚、 子育てなどのライフイベントごとの「新しい課題」の相談にのり、一人一人が抱える「人生の課題」に関しても長期間関わ ることによって、「時間の経過が解決してくれること」を本人と一緒に分かち合うことができます。